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演奏:木下牧子《暁の星》初演 

写真:2018年11月豊田喜代美ソプラノリサイタルのチラシ

2018年11月に『秋の瞳』と題した、木下牧子作品によるリサイタルを開催し、新作を委嘱させていただきました。ピアノは田中悠一郎氏。(サントリーホール・ブルーローズ)

プログラム;

《秋の瞳》八木重吉 詩 より 「竜舌蘭」「空が見ている」

《六つの浪漫》より 「風をみたひと」C.ロセッティ 詩 木島 始 訳、「ほのかにひとつ」北原白秋 詩

《抒情歌曲集」より「うぐいす」武鹿 悦子 詩、「夕顔」金子みすず 詩、「白いもの」北原白秋 詩

木下牧子新作品(豊田喜代美の委嘱)《暁の星》夏目 漱石 [夢十夜] より ※世界初演

《涅槃》萩原 朔太郎 詩

《愛する歌》やなせ たかし 詩より「ひばり」「ロマンチストの豚」「金色の太陽がもえる朝に」「雪の街」「さびしいカシの木」

委嘱作品は、タイトルが《暁の星》(夏目漱石「夢十夜」より)で、演奏所要時間25分ほどの3章から成るモノオペラです。最初のピアノの音に続いて「おとこは…」と歌った時に、この作品全体のイメージが浮かびました。それは、おとことおんなの情愛の繊細さと真剣さでした。初見を進めていくにつれ、おとことおんな魂のレベルでの密な情感のやりとりに引き込まれていきました。その情感からは、踏みつけられてぺちゃんこになっても、しなやかに起き上がってくるような強靭な弾力性を感じました。死んだおんなが「100年待っていられますか。」とおとこに繰り返し言うくだりの音の響きからは、おんなのひたむきさが立ち昇ってきます。繊細で清らかな音の響きと非常に激しくドラマチックな音楽の響きとの揺れ幅がすさまじく、そこには、この作品《暁の星》のおんなとおとこの情のやり取りの優しさと、触れれば切れるような真剣さが表れていると私は感じました。

私は身体に音を一つひとつ刻んでいく練習法だからか、《暁の星》は声楽の楽器である身体を十分に鳴らすことができるように創られていることを体感しました。譜がある程度身体に刻み込まれたと感じる時点で、この《暁の星》は、私の中で、モノオペラとして存在していたと思います。

当日のリサイタルには木下牧子氏にいらしていただきました。作品を聴いた会場の皆さまがとても喜ばれ、特に新作品「暁の星」演奏後、木下氏は盛大な拍手を浴びておられました。私は、新作品「暁の星」を歌って、登場する女性の持っている、ひたむきさ、そして白く輝くような美しさという、その存在の鮮烈さに圧倒されました。ある意味で「このようでありたい」と思える、おんなのひたむきさ、真剣さだったのです。…太刀打ちできないおんなの存在にショックは大きく、歌いきれていないのではないかという気持ちでしたので、初演後しばらくは、お声かけいただいても《暁の星》に触れることができませんでした。促してくださる方がいてくださったので、この作品にもう一度向かい合ってみたい気持ちが出てきて、木下氏にご連絡しました。そして、木下氏は改訂版としての《暁の星》をくださいました。このおんなのイメージをしっかり掴みたいと、夏目漱石の著書を読んで、登場する女性に共通の性格を私なりに見つけたように思います。

初演から4年が過ぎた今年、《暁の星》をCD収録することになりました。ピアニストは仲村渠悠子氏(なかんだかり ゆうこ)です。

〇 木下牧子氏が、2018年のリサイタルプログラムに寄せて下さった文章をご紹介させていただきます。

豊田喜代美さんの演奏を初めて聴いたのは、私が大学院生の頃、「ペレアスとメリザンド」のメリザンド役でした。

当時オペラで大活躍だった彼女の声は知的で美しく、強さと繊細さを合わせ持つ謎めいたメリザンドにぴったり。もし自分が歌曲を書くことがあれば、こういう歌い手に歌ってもらいたいと思ったものです。

私が実際に歌曲を書き出し、最初の歌曲CD「木下牧子浪漫歌曲集」制作したのは、それから15年も後のことですが、演奏は迷わず豊田さんにお願いしました。収録曲は「六つの浪漫」「秋の瞳」「愛する歌」「涅槃」。豊田さん演奏のCDで私の歌曲に興味を持った、といって下さる声楽家は今も多いのです。

その後再び時は流れ、数年前、久しぶりに歌曲講習会でご一緒させて頂いた時に、豊田さんから「木下作品個展を開くので、新作を委嘱したい」という光栄なお話を頂戴しました。

豊田さんの歌には今も変わらず大きい存在感、凛とした美しさと強さがあります。

そういう彼女にしか歌えない、ドラマチックなテキストはないかと探した挙句、少し冒険ではありますが、夏目漱石の短編小説集「夢十夜」から「第一夜」を選びました。

10の夢、それも悪夢の物語ですが、中で第一夜だけは、大変に美しく幻想的。悪夢ではあるものの、透明な広がりのあるエンディングは、作曲家の創作意欲を掻き立てるに十分でした。

そのまま使うには長いので、作品に最大の敬意を払いながら、何度も繰り返す部分、長い描写を音楽で表現できる部分は省略する手法をとりました。また小説では夢を見る男の第一人称で語られますが、歌曲では、第三者が語る形を取っています。

タイトルの「暁の星」は、歌曲集を最後までお聞きいただければ、納得していただけることでしょう。豊田さんがどんな素敵な初演を聴かせてくださるか、楽しみでなりません。

以上です。

リサイタル終演後直ぐ、木下さんは、「素晴らしい初演でした。最終章半ば頃からゾ~ッとしていました。」とのことでした。その言葉を大切に思っております。

また、《愛する歌》から「ロマンチストの豚」を歌い終わった時に客席全体からホーっというような、ざわめきのようなお声が上がりブラボーも頂いたのには驚きました。私にとって初めての日本歌曲演奏会体験でした。・・・とても喜んでくださっているのが伝わってきて聴衆の皆さまをとても近く感じられて幸せに思いました。《愛する歌》は演奏されることの多い、愛されている歌 です。木下牧子さんの産み出す作品に宿されている魅力というものを、更に深く感じさせていただきました。アンコールのリクエスト曲は「ロマンチストの豚」を歌いました。

指揮者・若杉弘氏からの『喜代美ちゃん、年をとって喜怒哀楽をたくさん経験して表現が豊かになった時に声が無くなっていたら悲しいよ。声を大事に。』のお言葉を大切にして声の管理に努めてきたつもりです。歌手はそれぞれに発声練習方法を持っていると思いますが、私は発声練習の最後に《セヴィリアの理髪師》ロジーナのアリア「Una voce poco fa」を歌い技術面を確認しています。そして情感面は、木下牧子の《愛する歌》のシンプルな旋律とリズムに込められた「愛」を歌って点検?するようになりました。年齢を重ねた今、詩が心に沁みてきて潤してくれるのを感じます。

《暁の星》夏目漱石「夢十夜」より は、この初演時からはモノオペラとして私の中に在ります。

 

 

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