活動について

演奏:演出の力 鈴木敬介氏

写真:コジ・ファン・トゥッテ/Cosi fan  tutte(演出は鈴木敬介,日生劇場) 公証人に変装するデスピーナ/Despina(豊田喜代美)

オペラは音楽劇(音楽+演劇)であり、このことは多くの方々によって言われております。私のこれまでのオペラ作品上演体験からも、音楽の魅力やメッセージ性は、演劇によって大きな影響を受けていることを体感してまいりました。現在、世界的には、レジーテアター(主に上演の際の様々な条件に合わせ、脚本を変更すること。予め脚本家が上演に合わせてテキレジする場合もあるが、「本読み」→「荒立ち」→「立ち稽古」と、芝居の稽古が進んでいく中で、演出家が手直しを入れていくことを指す場合が多いようである。参考:シアターリーグ)が話題になっているのは知られていると思います。

オペラ作品の持つ、音楽の響きと演劇的な要素は、それぞれ、その作品の暗黙知と形式知であると考えており、暗黙知と形式知が相互に作用することによって良い舞台を創ることができると思っております。指揮者と演出家のもと、その舞台に関わる人々の感受性が作用して化学反応?を起して結果は生まれると思っています。感受性というものを、とても大切に思います。人間とロボットとの共存が進化していく中で、人間の感受性はますます磨かれていくべきではないかと思います。歌うのは感性を磨くのに良い方法の一つと思います。歌の作品の多くには歌詞がついているので、作詞者と作曲家の世界観に触れることによって歌う人の感性が潤うのではないかと感じます。

私がこれまでのオペラ体験の中で、演出において特に大きな衝撃をうけた役は、コジ・ファン・トゥッテのデスピーナで、それまで歌った役とはキャラクターが異なるという意味でも印象深い役です。演出は、鈴木敬介氏でした。鈴木先生は、私が東京二期会研究生時の、タンホイザーのお小姓、フィガロの結婚の花娘、魔笛の童子、留学から帰国してのケルビーノを歌わせていただいた時の演出家でいらっしゃいます。ロジーナ、そしてデスピーナの後、ツェルリーナ、イリア、フィオルディリージ、アガーテ、エウリディーチェ、ホフマン物語の4役、夕鶴のつう、など、鈴木先生の演出で歌い、鍛えられたことは、このホームページに記させていただきました。

デスピーナはそれ以前の役のキャラクターと異なっていて、私にとって、初めての動き、初めての所作の指示ばかりだったので、戸惑い、嫌悪し、相当に悩みながらも、勇気をもって思い切って努め続けることで、通し稽古が近づいた頃、ただの道具になりきって動いている自分を感じ、迷いと悩みが抜けました。

本番当日は、思いもかけなかった聴衆のリアルタイムの爆発的反応(主に笑い)を体験しました。その時、演出家の意図の的確さを実感し、深い尊敬の念が湧きました。その笑いの中には奏者も聴取者も無く、ただただオペラの楽しさだけを感じました。オペラを歌う上での、かけがいのない舞台体験になったと思います。この時、演出の力、というものを、私なりに実感させていただきました。日本語訳での上演でありました。

演出の力とは何か・・・?それは究極的には、個々の歌手を、舞台制作構築のための一つの道具に導く力であると、私なりに考えております。しかしそれは決して歌手の個性を殺すことではなく、歌手の個性がオペラの役において生かされることになり、その歌手の豊かな創造性が創出される状態としての「道具」であると、私は自分自身のオペラ体験から思うのであります。

モーツァルトについて、デュッセルドルフの歌劇場のチーフ・コレペティトアだった、フランク・エーガーマン氏は、「モーツァルトはどんなに悲しくても、微笑んでいるようなところが他の作曲家より頭一つ上に存在する理由だ」と仰っていました。モーツァルトのオペラ作品には、悲しみを微笑に包みこみ、生きる喜びを感じさせてくれるものが込められている、今では思うようになりました。

演出家・鈴木敬介先生は、デスピーナ演出の際、頭を掻きむしりながらも忍耐強く導いて下さり、私の心の中では逡巡しながらも勇気をもって思い切って指示を受け入れた結果、オペラの魅力と楽しさを聴取者の皆さまと共有する実感体験を与えてくださいました。声楽の師である萩谷納先生とエレン・ボゼニウス先生がくださった言葉「プロフェッショナルな演奏家になるには1からマキシマムまで素直な気質が必要」の意味を、改めて噛みしめることができた体験となりました。「演出の力」の存在を魂のレベルで体験させてくださった鈴木敬介先生に、深い尊敬と感謝を捧げます。ありがとうございました。

※ 鈴木敬介(1934-2011)東京生まれ。慶応義塾大学在学中から舞台制作、演出を経験し、『日生劇場』杮落しベルリンドイツオペラ公演の舞台監督を務め、オペラ演出家となる。1983年サントリー音楽賞受賞『モーツアルト4大オペラ』。1922年ジローオペラ賞受賞『モーツアルト6大オペラ』モーツアルト没後200年記念)。2001年芸術選奨文部科学大臣賞『パルジファル』。

 

 

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