活動について

演奏CD:江村哲二作曲《プリマヴェーラ(春)》

※ CDジャケット『江村哲二作品集 地平線のクオリア』ALM RECORDS

オーケストラと声楽との作品が日本においては多くない中で、江村哲二氏(えむら てつじ,1960-2007)のプリマヴェーラ(春)を演奏させていただいたことを、本当に幸いに思っております。それは1996年サントリーホールで小松一彦指揮、新日本フィルハーモニーとの演奏でありました。今回改めて聴いて、オーケストラ合わせの時にお話させていただき、「そのままで歌ってください。」とのお言葉をいただき、オーケストラの響きを感ずるがままに歌わせていただいたことを思い出しました。演奏していて、オーケストレーションの艶やかさに圧倒されながら、何ともいえず不思議な感覚のまま歌いました。

曲名のプリマヴェーラは、「ボッティチェリの作品に拠っている」と江村哲二氏はCDのプログラム・ノートに記しておられます。そして、プログラム・ノートに江村氏が記した「何よりもこの絵が私をとらえて離さないのは、むせかえるほどの春の花々の香りの中にありながらきわめて知的で冷静なヴィーナスのまなざしである。」との文章に、この曲の全容、江村氏の表現したいものが私の中でくっきりとしたように思います。

むせかえるような春の花々の香りの中で冷静なまなざしのヴィーナスは何を思い何を見ているのか、と思いめぐらすと、この曲の深いメッセージがかすかに聴こえてくるように感じます。「ヴィーナスの誕生」では、髪は結われておらず、表情に無垢を感じます。この「プリマヴェーラ(春」では髪は結われており、江村氏が記された「知的で冷静なまなざし」のお顔と手の表情を見て、私は、ダ・ヴィンチの「受胎告知」の聖母マリアのお顔と手の表情を想起いたしました。ボッティチェリのヴィーナスは、見る方に、さまざまに「美」を感じさせてくれるように思いました。

もっともっと作曲をなさっていただきたかったと、江村哲二さんの早すぎるご逝去を悼みます。オーケストラとの声楽作品《プリマヴェーラ》を歌わせていただいたことを感謝しております。心からご冥福をお祈り申し上げます。

江村哲二の略歴:1960年生まれ、兵庫県西宮市出身。名古屋工業大学大学院修了。作曲家。作曲は独学。1992年にワルシャワ・フィル主催第2回ウィトルド・ルトスワスキ国際作曲コンクール(審査員:ウィトルド・ルトスワフスキ)にてオーケストラのための《インテクステリア第5番》が第1位を受賞し注目を集める。1993年、ヴァイオリン協奏曲第2番《インテクステリア》が東京都制施行50周年記念国際作曲コンクール(審査員:ジョルジ・リゲティ)に入選、1994年、武満徹の推挙により第4回芥川作曲賞を受賞。1998年、オーケストラのための《ローレンツの蝶々》が第9回ブザンソン国際作曲コンクール第1位を受賞。2000年、岩城宏之音楽監督オーケストラ・アンサンブル金沢・コンポーザー・イン・レジデンスを務めた。管弦楽曲を主要作品として、フランス「ノルマンディの10月」音楽祭、メッツ音楽祭、ドイツ・ラジオSFB音楽祭、「シュレヤーンの秋」音楽祭、イタリア・アカデミア・ボローニャ音楽祭、ヴェネズエラ・フェスティバル・ア・テンポ、ISCM国際音楽祭など、海外においても広く演奏・放送がなされている。作品はビヨドー社(パリ)、全音楽譜(東京)などから出版されている。※参考:CDプログラムノート

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