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演奏について :声楽の楽器は身体

写真:東京二期会公演 ワーグナー《タンホイザー》お小姓役 オペラデビュー時

二期会研究生の時に、二期会公演「タンホイザー」のお小姓役で初めてオペラプログラムに役名と共に名前が表示されました。

『ヴォルフラムエッシェンバッハ、始めなさい』と4人のお小姓として歌いました。

二期会のスタジオでこの役のためのオーディションがあり、審査委員の先生方の前にタイツ姿で360度一回転したのを覚えています。一緒に受けた私の友達のソプラノは「後ろ向きに立ったときに何か屈辱を覚えた…」と言ったので、「そういうふうに思う人もいるんだ」と思ったのを覚えています。

その後、ホフマン物語公演の時に指揮者の小澤征爾先生や公演プロデューサーの前でオーディションを受けた時はオリンピアのアリアを歌いました。私の時に、小澤征爾先生は「僕のテンポは少し違う。」と仰いました。

他にもオーディションを体験しましたが、いつもの練習で最後に歌う演奏歌唱と同じに歌うことを考えて臨んだと思います。立っている両足は床から生えているように床にくっついている感覚を、歌った後にいつも感じていました。このことを後になって、「これは声楽の楽器である身体が物体として機能していることではないか?」と私は感じております。

音楽大学で指導させていただき、試験やコンクールの際に日頃の身体姿勢が崩れて、いつもの歌唱レベルに残念ながら達しない学生さんを見てきて、声楽の楽器は身体であることを深く認識することの重要性を、私なりに再認識しました。

ピアニストには楽器であるピアノが用意されています。声楽の楽器は身体であると考えられます。

身体は100人100とおりなので、楽器の最終調整は自分自身が最適と思います。

サントリーホールこけら落としに来日した名ソプラノのルチア・ポップとの共演を体験して、ポップ氏の身体が楽器として機能する実態を見ることができました。

演奏曲目はマーラー交響曲第8番(指揮は若杉弘)で、第一ソプラノがポップ氏、第二が豊田でした。

ルチア・ポップという偉大な声楽家との共演からは言葉に表すことのできない大きな影響を受けました。私がアドバイスを望んだのに応えてくださり、本番前は発声練習をし過ぎないよう、録音の時の歌声の響きは暗めに(注)などなど…、細かに、繊細なところまで教えてくださいました。その惜しみなく与えてくださる人となりの大きさに圧倒されました。(注)現在は録音機器も技術も変化していると思います。

舞台上で隣りで並んで歌っているからこそ、身体に息を招き入れるようなポップ氏の身体姿勢は、歌唱中に少しもぶれない体幹と一体になりながら微妙に動いているのを、リハーサルで何度も間近でしっかりと見ることができました。声楽の楽器として機能する様を視覚的に捉えるだけでなく、その息づかいを共体感できたのは最高の学びでした。視覚的には捉えられないポップ氏の体内では、ボイスコーチのスターノ先生に見せていただき指導を受けた強靭な丹田の支えが作業している様子が私なりにはイメージされていました。

ポップ氏もスターノ先生もウィーン国立歌劇場で《魔的》の夜の女王を歌っていました。伝統的に多くの声楽家が取り入れている発声法があることを私なりに知ることができた、マーラー作曲《交響曲8番》の演奏会となりました。

このサントリーホールでのルチア・ポップ氏との共演からは、声楽の楽器は身体であることを深く実感する、かけがいのない演奏体験が与えられました。

心から感謝しています。

 

 

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